おおいたではたらく
2020年05月15日
株式会社豊和銀行若手社員
「いちばんに、あなたのこと。」をキャッチフレーズに掲げ、主に地元の中小企業から個人まで幅広い金融サービスを提供する「豊和銀行」。お客さま第一主義を念頭に置き、「地元大分になくてはならない地域銀行」を目指しています。今回は、昨年70周年を迎えた老舗銀行に入社し7年。地元のために頑張る先輩を尋ねました。誠実な笑顔の背景には、一体どんなストーリーがあるのでしょうか。28歳の今を、ぜひご一読ください。
お邪魔したのは、こちら!!
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株式会社豊和銀行
1949年創業。
大分県下を中心に42店舗を展開し、個人から地元の中小企業まで多くのサービスを提供。特に、経営改善支援を必要とする中小企業のお客さまに対しては積極的な経営改善支援にも取り組んでいます。
お話を伺ったのはこちらの方。
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- お名前
- 廣瀬 舜
- 所属部署
- 本店営業部
- 入社年
- 2014年
- 出身地
- 大分市
- 出身学部
- 拓殖大学 外国語学部
大分市に生まれ育った廣瀬さんは、新しい世界を知りたいという想いから東京の大学へ進学しました。
「高校の頃、大学訪問する機会がありこの大学に行きたいという気持ちが芽生えました。これからはグローバルな時代が来ると思ったので外国語学部を選びました」。
専攻したのは中国語。在学中には上海に語学留学するほか、中国語サークルや在籍する外国人留学生たちとのコミュニケーションを通じ、沢山のことを学んだと当時を振り返ります。
「例えば、上海は裕福な都市だという認識が強いと思うのですが、実際行ってみると貧困に悩む地域などもあり考えさせられることも多かったですね」。
様々なことを学びながら過ごした4年間。好奇心旺盛な廣瀬さんは選んだアルバイトも歯科助手や美術館スタッフと実に個性的!
「歯科では資格はありませんのでドクターの手伝いや受付などを2年間しました。せっかくなら普通ではできないことに挑戦してみたいなと(笑)。絶対にミスの許されない仕事なので、緊張感はありましたが色々勉強になりました」。
また美術館では実際にお客さまへの接客業務も。人と話すのが好きだという廣瀬さんの、現在の仕事にも通じる貴重な経験だったと言います。
東京で多くのことを経験しながら就職活動の時を迎え、まず行ったのはインターネットを通じてのサイト登録。昔から銀行員に憧れがあったという廣瀬さんは、地元へ帰り働くことを決意。
「東京へ来て、大分の良さを感じることも多かったですし長男であることも大きかったですね。やんちゃをして親に迷惑をかけた事もあるので(笑)親孝行したいという気持ちもあったのかもしれませんね」。
大分と東京の行き来が大変だったと言いますが、その甲斐あって現在の豊和銀行へ入社。
「合同説明会にも行きましたが、人事の方々がフランクに接してくれたのでとても話しやすかったです」。
入社後はまず窓口を経験しましたが、1円のミスも許されない初めての世界に冷や汗をかく場面も。銀行員としての基礎を身に付け、その半年後には希望していた現在の営業へ付きました。
「金融機関のサービスは固定されたものが多いですが、その中でお客さまはどこで判断するのかなと考えたら担当者だと思っています。最終的には当行に相談したいと思っていただけるような銀行員になるのが今の目標です!」
嘘をつかず、できない約束はしないという信念を持つ廣瀬さんなら、銀行を代表する行員になる日は遠くないような気がします!
大分で就職した理由・大分で働く魅力について
当たり前のことですが地元の経営者を支援している仕事なので、その支援によって地域の活性化ができている事が嬉しいですね。自分が小さな頃から知っているお店と接して、身近に感じられる場面も多いのでそのサポートができているというのは会社としても個人的にも少し誇らしいですね。
就職活動中の学生さんへアドバイス
就職活動においては“何をしたい”という具体的なイメージを持つことが大切だと思います。将来こうなりたい、こんな仕事をしたいという軸を持って入社した人は成長も早い気がします。自分自身はそこが薄く苦労したので痛感しています。しっかりと自分の軸を持って挑むことが、就活でも入社後においても大事だと思っています。
- 企業データ
株式会社豊和銀行
WRITER
- 塩月 なつみ記事一覧
かぼすポン酢をこよなく愛する生粋の大分女。美味しいものが大好きで、おなかがすくと途端に不機嫌になります。大分トリニータを中心に、企業や観光、飲食などオールジャンルで取材撮影中!