
おおいたではたらく
2026年02月13日
プロサッカー選手から介護の道へ! 誰もが笑顔になる社会に貢献する
株式会社鶴進HMG(Team Myway)若手社員
別府市を拠点に、介護・障がい福祉事業を広く展開する株式会社鶴進HMG。
サービスを受ける人、提供する人が共に笑顔になる「感動介護」をモットーとし今年で17年目を迎えます。今回はプロサッカー選手から介護業界に転身し、日々挑戦を続ける先輩にお話を伺いました。その背景には、父の背中を追いかけ努力を重ねてきたストーリーがありました。ぜひご一読くださいね。
お邪魔したのは、こちら!!

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株式会社鶴進HMG(Team Myway)
https://oita-jobpark.jp/companies/254
2008年設立。大分県下に介護施設、ヘルパーステーション、生活相談支援センターなど6事業所を展開。24時間365日、切れ目なく利用者さんに寄り添いながら、サービスを提供する人も受ける人もお互いに幸せを感じられる「感動介護」を目指しています。
お話を伺ったのはこちらの方。

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- お名前
- 日野 竜一(ヒノ リュウイチ)
- 所属部署
- マイウェイ総合ケアセンター センター長
- 入社年
- 2018年
- 出身地
- 大分県別府市
- 出身校
- 明治大学経済学部
努力を重ね、プロサッカー選手へ
別府市に生まれ育った日野さんは、幼い頃からスポーツが大好きな活発な子どもだったといいます。習い事は、野球にラグビー、ピアノに習字とスポーツだけに留まらず様々なことに挑戦しました。その中でも、ずっと続けてきたサッカーで生きることを決めた日野さんは、サッカーの強豪校として有名な長崎県の国見高校へ進学。サッカー漬けの毎日を過ごしながら、更なる成長を目指し明治大学へ進学しました。プロサッカー選手を目指し、日々のトレーニングに汗を流したといいます。卒業後はJリーグチームから声がかかりながらも、ケガのタイミングもありJFLチームの佐川印刷SCに入団。その後、地元チームのヴェルスパ大分で6年間選手として活躍しました。
JFLリーグで100試合出場を果たした頃、自分の体と向き合い現役引退を決意した日野さん。
「中学生の頃、父が今の会社を立ち上げてその背中をずっと見て育ったので、いつかは自分も力になれたらという気持ちは頭の片隅にありました」。
当たり前に見てきた介護の仕事。サッカーひと筋で歩んできた自分ができることは何かと考えた時、日野さんの頭に思い浮かんだのは父と共に働くことでの恩返しでした。
ゼロからスタートした介護の世界
その気持ちを胸に介護の世界へ。経験のない世界への挑戦に不安はありながらも、職員さんやケアマネージャーさんたちのサポートのもと、一から様々なことを学びました。
最初は身体介護や生活介護の現場からスタート。
「訪問介護は一人ひとりのサポート環境も違うので、それぞれに何をすればいいのかを覚えることが大変でした。でも少しずつ出来ることが増えていく中で、自分のやりがいも大きくなってきました」。
人の命を預かる仕事に責任感を感じながら、日々努力と成長を重ねていった日野さん。今ではセンター長として現場の介護業務をはじめ、職員さんたちのスケジュール管理まで多くのタスクを請け負う立場になりました。
「最初は利用者さんに喜んでもらうことがとても嬉しくて、それは今も変わらぬ気持ちです。ですが責任ある立場になった今、職員さんたちの笑顔も自分の大きなやりがいになっています。みんなが楽しく、笑顔で働く姿がずっと続けばこんな嬉しいことはないですね」。
感謝の気持ちを胸に“感動介護”を伝え続ける
今後は会社とともに成長していくために、経営面に関しても勉強していきたいと言葉に力を込める日野さん。人材確保や営業活動など、幼い頃から追い続けてきた父の姿から学ぶことは多いといいます。
日野家は両親も含めたスポーツ一家。テニスの国体選手だった妹さんも現在、共に働く仲間となり会社を支えています。
サッカー界から転身し、介護の道を歩む日野さんにとって、9年目となった現在も毎日が挑戦の連続。人の人生に関わる仕事は常に緊張感を伴うものですが、利用者さんや職員さんからもらう“ありがとう”の言葉、感謝の気持ちが日野さんの頑張る原動力になっていると笑顔をみせます。これからも働く人、利用者さんどちらもが幸せな環境をつくるために介護業界で邁進すると誓う日野さんのこれからを楽しみにしています。
- 企業データ
WRITER

- 塩月 なつみ記事一覧
かぼすポン酢をこよなく愛する生粋の大分女。美味しいものが大好きで、おなかがすくと途端に不機嫌になります。大分トリニータを中心に、企業や観光、飲食などオールジャンルで取材撮影中!























