おおいたではたらく
2023年10月27日
自分のカラーでスターを目指そう!
株式会社大和電業社若手社員
大分市で65年間、電気工事業一筋に歩む「株式会社大和電業社」。今回は、人事を担当している丹羽さんご夫婦をクローズアップ!都会のベンチャー企業で働いていたお二人ですが、奥様の実家が経営する会社を盛り上げるため、3年前に入社。ここに至るまでの背景には一体何があったのか、そのストーリーをぜひ。
お邪魔したのは、こちら!!
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株式会社大和電業社
https://favoita.com/companies/406
1958年創業。工場や病院の電気工事やトンネルや国道の照明設備など、電気に関するあらゆる工事を行う。経営理念は「全従業員の物心両面の幸せを追求する」「仕事を通じて、どれだけ多くの人の役に立てるか」
お話を伺ったのはこちらの方。
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- お名前
- 丹羽 宏成
- 所属部署
- 営業部 兼 人材開発課
- 入社年
- 2020年
- 出身地
- 愛知県小牧市
- 出身学部
- 中部大学 経営情報学部
- お名前
- 丹羽 量子
- 所属部署
- 総務部
- 入社年
- 2020年
- 出身地
- 大分県大分市
- 出身学部
- 東京音楽大学 器楽学部
2020年に大和電業社に入社した丹羽さん夫婦は元々、東京のベンチャー企業で働いていました。家業を継ぐつもりはなかったという彼らが、会社の未来を担いたいと思った背景には様々な理由があったといいます。
目指すべき場所はどこか?それぞれの背景にあるものとは
名古屋出身の宏成さんは、幼い頃からプロ野球選手を目指すほどの野球少年でした。大学時代にアメリカへ留学したことが自分のマインドを変えた転機だったそう。
「英語が話せるわけでもなかったので、周囲の心を掴むため浴衣を着て大学に通ってみました(笑)。ある日、浴衣でブレイクダンスを踊ったんですが、それがみんなの心を掴んで大盛り上がり。その時にコミュニティの広がりは自分でつくることができるんだと、目覚めるような感覚がありました」。
自分を表現すること、コミュニケーション能力を自信に変えた宏成さんは、帰国後に携帯会社でのアルバイトをスタート。学生ながら売り上げトップの成績を叩き出すと、その手腕から正社員向けの講座を開くまでに…驚きです。家族は全員公務員という環境で育った宏成さんにとって、就職は安定を求める場所でしたが、職種にも向き不向きがあることをアルバイトで実感。就活でも営業の道を選び、希望したベンチャー企業の営業担当として、社会人の第一歩を踏み出しました。
一方、量子さんは大分県出身。地元の高校を卒業後、東京音楽大学へ進学しました。3歳から学んできたピアノを極めたいという想いがありましたが、そこには思わぬ壁が。
「将来は音楽の道に進みたいと思っていたのですが、実際プロの世界は完全なる男性社会でした。個人事業主でもあるので相当な覚悟がいるなと」。
そこまで自信が持てずに就職活動を始めるも、大手の音楽会社はハイレベルな人ばかり。グループディスカッションも上手くできずに落ち込む日々が続きました。音楽業界だけを目指してきた量子さんにとって、それ以外の選択肢はなく、他のスキルは手にしていなかったことに気付いたと当時を振り返ります。
「将来について悩んでいた頃、幼なじみから”何を目標にしてきたのか”と言われハッとしました」。
必要とされる自分になりたいという心境の変化が起こり、一からがむしゃらに学べる場所を求めてベンチャー企業の門を叩いた量子さん。音楽の道とは全く違った人生を歩む覚悟を決めました。そこで、同期だった宏成さんと出会い、結婚に至ったそう。
家業を継ぐ覚悟が生まれた瞬間
東京で結婚した2人は、名古屋へ転勤。子どもも生まれ、大分へ里帰りをした事が人生の大きな転機となったといいます。実家の近くで子どもを連れて遊んでいた時、近所のおじいさんに声をかけられた量子さん。
「昔、あなたのおばあさんに大変お世話になり、今の自分があるんですと言われたんですね。車椅子生活だった祖父の世話や、従業員たちのことも全部面倒を見ていた祖母の話を聞いて、心動かされるものがありました」。
65年前、自分たちで会社を立ち上げ、子どもを育てながら社会と闘っていた祖母の生き方を聞きながら、音楽の世界は男性社会だとどこか言い訳にしていた自分に気付いたという量子さん。祖父母が作り、父が守り続けている会社で、自分に何かできることはないか_。そんな想いが込み上げ、地元へ戻ることを決意しました。宏成さんもまた、前会社への愛着はありながらも「全く知らない場所、地域、業種で戦うことができれば、この先どこでも成功できるのではないかと思いました」。
大分という土地が、自分自身が価値を生み、必要とされる場所なのかもしれないという野望を持ち、大和電業社へ入社を決めました。
65年続く会社に新風を吹き込み、いざ改革!
会社を新しく変えていきたいと覚悟を持ち入社した2人は、会社の人事も担当。入社後にまず行ったのは全従業員にコミュニティツールを導入し、社内の関係性を密にしたことです。また、より採用に特化した会社づくりを目指しました。
「人材を確保できれば会社も大きくしていけると思いました。若い人に限らず、どんな人でも“ここで働きたい”と思えるような会社を目指したんです」(宏成さん)
大切なのは「人」。そう感じた宏成さんは、会社の文化を変えたいと朝の挨拶から大きな声を出すなど、誰が何を思っているのかが見えるよう積極的にコミュニケーションを図りました。
中でも大変だったのは人事評価制度。具体的にシステム化された制度を導入し、相対評価をクリアにできるよう取り組みました。従業員たちが夢を持てる会社であるため、頑張った先には何があるのかを明確にし、結果で報える会社にしたかったといいます。
「働く時間に対する対価ではなく、仕事に対する対価を大切にしたいと思いました。社長を中心に行いましたが、大分は温情の地域ですし難しかったと思います。それでも、過去に対する評価ではなく未来に向けての評価をして、将来に繋げることが大切だと信じて取り組みました」(宏成さん)
就活イベントでの記念写真
こうした指標を見せることで、若い従業員たちが目標を持てるようになったそうです。
また企業説明会や、入社後の研修や面談でも会社のことを伝えやすくなったといいます。
「この業界は男性の割合が多いので、奥さんたちが旦那さんの働く会社をどう感じるかが大切だと思っています。そのような観点から、パパ育休や時短出勤など新しい制度も取り入れて、有給も30分単位で取れるように改訂しました。女性社員においても、自分がやりたい!と思える仕事に対する気持ちを大切にしてもらいたいですね」(量子さん)
採用で生まれたうれしい変化
会社の改革に取り組んできたことは数字としても結果を出し、昨年は8名の新入社員が大和電業社の仲間となりました。2人は人事担当として、大分県の主催する企業説明会にも積極的に参加し、福岡にある就職拠点施設「dot.」でのイベントなどにも足を運び大きな反響があるといいます。また、採用に力を入れたことで社内にも変化が。
「普段は寡黙な社員が、インターンシップの現場で学生さんに熱意を持って話している姿を見た時は本当にうれしかったですね。今後もインターンシップを色々な現場で増やしていきたいです」(量子さん)
人事担当者だけではなく、会社全体で温かな受け入れ体制ができていることが、この会社の魅力だと笑顔を見せる量子さん。大和電業社は長く続いてきた歴史に新風を吹き込みながら、設立当時から大切にしてきた「人」とのつながりを守り、未来を見つめ走り続けています。
学生さんへのメッセージ
今は大学の名前だけで採用する時代ではないですし、学歴も関係ありません。自分の人生を良くしたい、どこまでも前進していきたいと思っている人に1人でも多く出会いたいですね。転職からこの業界に入った自分たちだからこそ分かることはありますし、ロールモデルとして自分たちの身を以て証明していきたいと思っています。今は、色々な制度に守られることの多い社会だからこそ、上昇志向を失わずに“なりたい自分”をブレずに持つことが大切だと思います。将来の夢を思い描いた時に、色々なしがらみもあるかもしれませんが、自分の直感を信じて突き進んで下さい!
- 企業データ
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株式会社大和電業社
WRITER
- 塩月 なつみ記事一覧
かぼすポン酢をこよなく愛する生粋の大分女。美味しいものが大好きで、おなかがすくと途端に不機嫌になります。大分トリニータを中心に、企業や観光、飲食などオールジャンルで取材撮影中!